お守り

本日は帰宅するなり睡魔に負けてシーツの波間に沈没・・・。なんでか、かなり
疲れていた模様。ところがふとこんな丑三つ時に目が覚める。「更新しろよ」
という、とっても有難い忠告を各方面から頂いているので更新しとこかなとw
つーかね、細々としたことで心に思うことがあって、「あーコレをブログのネタに
しよかな」って毎日頭に浮かびはするんですけどね。いざ書く段となると億劫
になるというか、「今日はまーいっかー」みたいな気分になってふと気付くと
数日経過・・・。お笑い芸人みたいにネタ帳でも作るか? などと自分で自分に
苦笑いw まぁいんですよ。マターリといきますんで。


そーそー、それでですねぇ、今日のネタなんですけどね。


今日は乗換駅のショッピングモール内にある、割りと大きな書店に寄ったん
ですよ。館内アナウンスっていうのかな。ちょっとお澄ましなオネエサマが
ちょっと普通じゃない声で放送するアレw あれでね、落し物のお知らせが
流れ出したわけ。

「落し物のご案内をさせて頂きます。
ただいま、お忘れ物カウンターで、『お守り』をお預かりしております」

・・・・・・え!? い、今さ、『お守り』っつった!?

「繰り返しご案内させて頂きます。
ただいま、お忘れ物カウンターで、『お守り』をお預かりしております・・・w」

や、やっぱり!?w ていうか、このオネエサン、微妙に声笑ってますけど!w
つーか私も口元歪んでるけども!w やっぱさ、ちょっと笑えるよなぁ・・・。
などと思いながらこの館内放送を聴いていた。


しっかしまぁ、お守りが落し物カウンターに届くこと自体も、どういう経緯か
多少気にはなるんだが、もっと気になるのはそれを館内アナウンスする時の
状況ですかね。だってお守りって、まぁ実物を目にしてないから想像やけども
本来の持ち主以外にはほぼ価値のないものでしょ。そもそもこのご時世だし。
そんな、ほとんど金銭的価値ない、精神的価値しか持たなさそうなものさえ
「お忘れ物」として、ちゃんと館内アナウンスしてくれるんやなぁと何だか
感心したというか。正直言って、私がアナウンスする立場なら確実に躊躇いを
覚えますね。だいたい、気付いたって取りに来るかどうかもわからんでしょ?
取りに来る方もなかなか恥ずかしさを覚えそうだしさw それでも無碍には
扱わない、と。たとえ8割方が義務だとしても、何だかちょっと嬉しく感じる。


一人でニヤニヤしている怪しい人と化しながらも、更に想像の世界は広がる。

どんな人が落としたんやろう。
その人は取りに来るんだろうか。
その時、落し物カウンターの係員は、
どんな表情で、
どんなことを考えて、
どんな対応するんやろう。
もし取りに来たんだとしたら、
それは持ち主にとってどういう存在なんやろう。
誰かにもらった?
何か思い出がある?
大切にしてるんやろか?

つい色々と考えてしまう。私は割りとこういうことを考えるのが好きというか
ふと気付くとそういうとこまで思考が広がっていくタイプなんで。普通は
どうなんでしょ。そういうこと考えない?


妥当そうなケースをイメージしてみた。

小学生低学年くらいの男の子が、祖父母にもらったお守りを落としてしまい、
母親に付き添われて落し物カウンターに姿を現す。係員もにこやかに少年に
お守りを渡し、母親とともにお礼を言って和やかな雰囲気のまま帰っていく。


まー今時の子供に対してすんなりと純粋さをイメージできるほど、私は甘い
人間でもなければおめでたくもなく夢見がちでもなく、むしろシビアで現実的
なハズなんですが。それでもなんとなく、こういう風な温かい光景が繰り広げ
られていれば良いなぁと願ってしまう、荒んだ時代の中の一日でした。